2008年11月07日

投票権

言語というのは、それぞれの土地で個別に育まれるものですから、英語日本語のように地理的にかけ離れた場所の言葉を、互いに訳すには、それぞれの単語の語源などを考慮することも無駄とはいえません。初期においては、この集団は以下で述べるようにローマの民会の社会制度(ケントゥリア民会)としての役割も担っていました。ケントゥリアがよりローマ軍の軍制としての傾向を強めていくのはマリウスの軍制改革に始まる。それまで兵士各自の所得に応じて区分されていた軍団を再編成、今まで兵役を免れていた無産階級にも登用の門戸を開き、貧富の差、年齢の区別をなくし、それまで軍の中心的役割を担っていたマニプルスに代わりコホルスとケントゥリアがローマ軍の要となる。とくに、今まで軍事的には兵士の単位程度の意味に過ぎなかったケントゥリアに軍事的な重要性が大幅に強まった。しかしながらケントゥリアの兵士は公職選挙の投票権もあったので、これを利用してマリウスは配下のケントゥリアを自分の政治的基盤とする。そしてマリウスに続くスッラ、ポンペイウス、そしてユリウス・カエサルも倣った。「百人隊」、「百夫隊」と訳される事が多い。王政、共和政中期までは単に兵士の集団単位であったが、ガイウス・マリウスによってローマ軍団の枢要な戦略的単位に変貌を遂げる。80人で構成されるケントゥリアは、後代の理想的な構成の場合、部隊内は10のコントゥベルニウムから成り立っていました。

posted by arrhenatherum at 11:18| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする